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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)10421号 判決 1988年5月27日

原告

生瀬文万

原告

生瀬昌子

右両名訴訟代理人弁護士

國本敏子

村本武志

被告

右代表者法務大臣

林田悠紀夫

右指定代理人

中本敏嗣

川口秀憲

被告

大阪府

右代表者知事

岸昌

右訴訟代理人弁護士

道工隆三

井上隆晴

柳谷晏秀

青本悦男

右指定代理人

山形信雄

中村昌也

島瀬善彦

澤嶋史朗

秦光広

辻野善巳

永山光義

主文

一  被告らは、各自、原告らに対し、各金三六一万一一九四円及びこれに対する昭和六〇年九月二三日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告らに対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告らに対し、各金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月二三日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁(被告ら)

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

(被告国)

3  原告らの被告国に対する請求認容の場合には担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 亡生瀬信男(昭和四八年一〇月二九日生、以下「信男」という。)は、原告ら夫婦の子(三男)で、後記事故当時、小学校六年生の児童であつた。

(二) 被告国の行政機関である建設大臣は、河川法九条一項により一級河川である天野川の管理を行ない、大阪府知事は、同条二項に基づいて定められた昭和四六年三月二〇日付建設省告示第三九六号により建設大臣から指定区間内の天野川について管理の委任を受けている者であり、被告大阪府は、同法六〇条二項により右管理に要する費用を負担する者である。

2  本件事故の発生

信男は、昭和六〇年九月二三日午前一一時三〇分ころ、妹の生瀬美佐子(当時九歳、以下「美佐子」という。)及び信男と同学年の友人である尾崎幸司(以下「尾崎」という。)とともに、大阪府交野市藤が尾一丁目一六六番地の八先天野川左岸堤防のり面(以下「本件現場」という。)にできた横穴状のくぼ地(以下「本件くぼ地」という。)の入口付近において、その下部を子供用のおもちゃのスコップで掘るなどしていたところ、突然、本件くぼ地の屋根状になつた土砂が崩れ落ちて、土塊で頭部を強く打ち、前頭骨粉砕骨折、脳挫傷により即死した(以下「本件事故」という。)。

3  本件事故現場及びその付近の状況

(一) 天野川は、一級河川であり、本件現場付近の流水路の幅員は約一五メートル、水深は平均約五センチメートルで、左右岸の堤防の高さは約一〇ないし一五メートルであり、流れがゆるやかなうえ、水が比較的澄んでいるため、PTAや町内会主催の川遊びや鮎つかみなどが行われており、安全で身近な河川として付近住民から親しまれていた。

(二) 本件現場は、天野川左岸の片町線天野川鉄橋のすぐ南側に位置し、その一帯は、昭和五〇年の右鉄橋複線化工事の際、掘削され、残された廃材等が埋め込まれた後、人の背丈位の高さの雑草が生い繁つた状態になつていたが、昭和五九年九月から約半年間、右鉄橋北側の改修工事がなされ、右工事に伴い、工事に使用する重機を道路から川床に上げ降ろしするための搬入路が設置された際、本件現場ののり面は、生い繁つた雑草とともに、その表面全体にわたつて削り取られ、一旦削り取られた土砂は工事終了後に再び戻されその表面をならす程度に整地されたものの、後に本格的な改修工事が予定されていたために、緑化による表面の補強や排水も考慮されず、いわば一時しのぎの仕上のまま放置されたため、むき出しの砂地の斜面と化し、しかも放置され埋められていた廃材のために変則的に崩れやすくなつていた。その後、本件現場一帯は、昭和六〇年七月ころから、降雨のたびに土砂の一部が流出して、のり面が崩れ、のり面のあちこちに大きなくぼ地ができ、さらに、本件現場は、同年九月、集中豪雨のため崩壊の度が増し、踏み固められた路面直下部分を残してやわらかい土質の下部はえぐられるように土砂が流出し、本件くぼ地は、本件事故当時、高さ約一メートル、幅約三メートル、深さ約二メートルにもなる横穴となつており、堤防道路直下にあるために子供でも容易に降りて入ることができ、しかも、しやがめば奥まではいることができる大きさであつたために、付近の子供らが「秘密の基地」と称するような格好の遊び場となつていた。

(三) 本件現場付近の堤防の上は、未舗装であるが、永年にわたつて踏み固められた平坦な幅の広い道路(旧里道)となつており、本件現場の北側にある天野川橋にかかる府道から直接進入することができ、中学生の通学路や買物主婦のバイク通行路として、あるいは、府道を通行する車両の運転者が駐停車させて休息したり、子供らが川遊びや土手遊びに行く際に行き来したり、付近住民が散歩やジョギングを楽しむ場所として利用されていた。また、右堤防道路をはさんで本件現場の反対側には、フェンスを隔てて天野川緑地公園があり、子供らは、右フェンスの破れ目をくぐったり、乗り越えたりして、右公園と本件現場付近の河川敷とを行き来しており、本件現場は、子供らには天野川緑地公園の延長として自然の遊び場となつていた。

4  本件事故発生前に本件現場に対して施された施策等

(一) 交野市の職員は、昭和六〇年八月中旬ころ、枚方警察署から、本件現場付近の堤防が穴があいたり崩れたりして危険であるとの通報を受けたので、同月二六日、本件現場に赴いたところ、のり面が削られてくぼ地になつていたので、被告大阪府の枚方土木事務所に対し、早急に対策を講じるよう通報した。

(二) そこで、同土木事務所の職員は、同月二八日、本件現場を確認のうえ、同月三〇日、株式会社雨田組(以下「雨田組」という。)に指示して、本件現場の周囲に杭を埋め込み、二本のトラロープを張つたが、同年九月一〇日ころには、杭もトラロープもなくなつていた。

(三) 交野市の職員は、同年九月に入り断続的な豪雨があつたので、同月一一日、本件現場の夜間パトロールをするとともに、このころ、同土木事務所に対し、再度の通報をした。

5  被告らの責任

被告大阪府は、自然河川であつた天野川に、昭和五九年の鉄橋北側の工事の便益のため、土砂を大量に搬入して、本件現場一帯の従来の状況を変更させ、降雨のたびに土砂が流出して崩れやすい横穴状の本件くぼ地を造り、子供らが遊びでその中に入つた場合はもちろん、堤防道路を通行する人や車両も路肩の崩壊による事故に巻き込まれる危険を発生させた。また、本件くぼ地は、天野川緑地公園に隣接し、前記の用途に利用されていた堤防道路の端にあたり、その形状は、横穴状になつていて、子供の興味の対象になりやすく、子供らが接近したり、遊び場とする可能性は非常に高かつた。被告らは、通報などにより本件現場の状況を知つており、本件現場の周辺の環境などからして、本件事故の発生を予見することができた筈であるから、本件くぼ地を埋め戻したり、フェンスバリケードや危険警告の立て看板を設置して立入りを防ぐなどの措置を講じて事故発生を未然に防止すべき義務があつたにもかかわらず、交野市からの通報を受けて、車両の脱輪のみを念頭において、業者に本件現場の周囲に簡易なロープを張らせただけでほかに適切な措置を講じず放置したため、本件事故が発生するに至つた。したがつて、本件事故は、公の営造物である天野川の堤防の設置、管理の瑕疵により発生したものであるから、被告らは、国家賠償法二条一項、三条一項に基づいて、本件事故により信男及び原告らに生じた損害を賠償すべき責任を負う。

6  損害 各三四三六万三〇五八円

(一) 逸失利益と相続

(1) 逸失利益 四一七二万六一一七円

信男は、本件事故当時、一一歳の健康な男子であり、就労可能期間は、一八歳から六七歳までの四九年間であつたから、信男の逸失利益は、年収を昭和六〇年度の賃金センサスの企業規模計産業計の男子労働者の学歴計年齢計の年間総収入金額四〇七万八六〇〇円とし、控除すべき生活費を五割とし、新ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して計算すると、四一七二万六一一七円となる。

(2) 原告らの各相続分

二〇八六万三〇五八円

原告らは、信男の両親であり、信男の死亡により、各自、信男の右(1)の損害賠償請求権の二分の一である二〇八六万三〇五八円を相続した。

(二) 慰籍料 各一〇〇〇万円

原告らは、本件事故により愛児の生命を奪われ、その悲しみは筆舌に尽くし難く、右精神的苦痛を慰籍するには、原告ら各自につき一〇〇〇万円が相当である。

(三) 葬儀費用 各五〇万円

原告らは、信男の葬儀費用として一〇〇万円(原告ら各自につき五〇万円)を支出した。

(四) 弁護士費用 各三〇〇万円

原告らは、本件訴訟の追行を原告ら訴訟代理人らに委任し、同人らに対し、弁護士報酬として原告ら各自につき三〇〇万円を支払うことを約束した。

7  よつて、原告らは、各自、被告国に対しては、国家賠償法二条一項、被告大阪府に対しては、同法三条一項に基づく損害賠償請求として、各金三四三六万三〇五八円のうち各金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月二三日から各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1の(一)の事実は不知。同1の(二)の事実は認める。

2  同2の事実のうち、信男が、昭和六〇年九月二三日午前一一時三〇分ころ、大阪府交野市藤が尾一丁目一六六番地の八先の天野川左岸堤防のり面のくぼ地において頭部を骨折し死亡したことは認めるが、その余の事実は知らない。

3  同3の(一)の事実のうち、天野川が一級河川であり、本件現場付近の流水路の幅員が約一五メートルであることは認めるが、その余の事実は否認する。天野川の水深は、平均にしても五センチメートルというほど浅いものではなく、また、堤防の高さは、約七メートルである。

4  同3の(二)の事実のうち、本件現場の位置及びその一帯の堤防のり面の土砂が降雨により一部流失していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

5  同3の(三)の事実は否認する。

6  同4の(一)の事実のうち、交野市の職員が昭和六〇年八月二六日、被告大阪府の枚方土木事務所に対し通報をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

7  同4の(二)、(三)の事実は否認する。

8  同5の事実及び主張は争う。

9  同6の事実及び主張は争う。

三  被告らの主張

1  天野川は、昭和四〇年四月一日、一級河川に指定され、淀川との合流点より上流に向けて、順次、護岸工事等の改修工事が行われ、昭和五九年度には、片町線鉄橋まで改修工事を終え、本件現場は、昭和六〇年一二月から改修工事を行うべく準備中の場所であつた。なお、右鉄橋直下部分は、昭和五〇年、同線複線化のための右鉄橋架け替え工事をした際に、先行して改修されている。

2  昭和五九年九月、右鉄橋北側の河川改修工事の際、本件現場の約一五メートル上流地点から右鉄橋下の河床に向けて、堤防ののり面を削つて、幅員約五メートルの工事用仮設進入路が設置されたが、その際、本件現場付近ののり面には何ら手は加えられていない。なお、昭和六〇年三月、右工事は終り、右仮設進入路は撒去され、のり面の原状回復が行われている。

3  本件現場付近の堤防には、雨水が堤防天端の道路から川に向かつて自然に流れ落ちる際に堤防のり面の土砂を洗い流すことによつてできたくぼ地が点在していたが、自然な雨水の流水によつてできたものであるから、土砂が大きく崩壊するような状況ではなかつた。

4  本件事故現場付近の堤防上には、未舗装の道路があるが、旧里道ではなく、市道認定もされていない道路であり、通学路にもあたつておらず、人や自転車の通行は極めて少なく、自動車は通り抜けができない。右道路に面している交野市の公園には、右道路に沿つてフェンスが張られており、右公園から直接堤防に出ることはできず、本件現場付近が子供の遊び場になるようなことはない。

5  被告大阪府の枚方土木事務所は、昭和六〇年八月二六日、交野市の職員から、本件現場の堤防ののり肩がこわれているから現地を見てほしい旨の連絡を受けたので、同月二八日、現地調査したところ、堤防は格別危険ではないが、本件現場付近は一時駐車されることもあり、車の脱輪等のおそれがあつたので、同月三〇日、車両の転落事故防止のために、のり肩の崩れた部分の周囲に高さ約九〇センチメートルの杭を打ち、トラロープを二段に張つた。なお、右調査時には、本件現場に人為的に作られた横穴のようなものはなかつた。

6  本件事故は、数日来雨が続き、一般に土砂が崩壊しやすい状況になつていた際に、信男が、本件事故前日に友人と一緒に堤防天端のすぐ下のところを掘つてできた横穴を、事故当日、更に掘り進めて大きくしたため、天井の土砂が支えきれずに崩壊落下したことによつて生じたものであり、被告らは、堤防に天井の土砂が崩壊するほどの大きな横穴を掘るなどということは予想だにしなかつたことであり、そのようなことを予見しなければならない義務はないし、結果回避義務もない。

7  仮に、被告らに管理瑕疵があるとしても、本件事故は、信男が横穴掘りにより自ら危険性を作り出した結果発生したものであり、小学校六年生ともなれば、右行為が許されない危険な行為であることは十分認識していたというべきであるから、原告ら側には本件事故発生についての過失があり、右過失は多大なものであるから、相当の割合で過失相殺されるべきである。

第三  証拠<省略>

理由

一当事者

被告国の行政機関である建設大臣は、河川法九条一項により一級河川である天野川の管理を行つていること、大阪府知事は、同条二項に基づいて定められた昭和四六年三月二〇日付建設省告示第三九六号により建設大臣から指定区間内の天野川について管理の委任を受けている者であり、被告大阪府は、同法六〇条二項により右管理に要する費用を負担する者であることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証、第五ないし第七号証、原告生瀬昌子本人尋問の結果によれば、信男は、原告ら夫婦の三男(昭和四八年一〇月二九日生)であり、本件事故当時小学校六年生の児童であつたことが認められる。

二本件事故の発生

<証拠>によれば、信男は、昭和六〇年九月二三日午前一一時三〇分ころ、妹の美佐子(昭和五一年九月一一日生)及び同学年の友人である尾崎とともに、大阪府交野市藤が尾一丁目一六六番地の八先天野川左岸堤防のり面(本件現場)のくぼ地の横穴において、園芸用の小型スコップを用いて穴を掘つて遊んでいたところ、突然、くぼ地の上部が崩れ落ち、土塊で頭部を強打して、前頭骨粉砕骨折、脳挫傷により即死したこと(信男が右日時に右場所で頭部を骨折して死亡したことは当事者間に争いがない。)が認められる。

三被告らの責任

1 前記一、二で認定した事実、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  天野川は、交野市の南東から北西に流れる一級河川であり、本件現場付近は、その左岸側に大阪府営交野藤が尾団地や大阪府住宅供給公社星田団地、その右岸側に民家などがある市街地となつている。本件現場付近の流水路は、幅員約一五メートルで流れは緩やかで水深もさほどなく、比較的澄んでいるので、子供らが魚取りをしたり、PTAなどの主催の川遊びが行われるなどしていた。また、本件現場付近の左岸堤防の天端部分は、路線の認定を受けておらず、舗装もされていないが、踏み固められた平担な道路状をなし、上流(本件現場の南方)の天野川橋で天野川と交差する大阪府道私市太秦線から直接進入することができ、下流(本件現場の北方)の交野橋を通る道路に通じており、本件現場のすぐ北側にある西日本旅客鉄道株式会社(旧国鉄)片町線(以下「片町線」という。)の鉄橋の踏切は幅員が狭くて自動車の通り抜けはできないものの、買物に行く主婦が単車で通つたり、右団地に住む中学生が交野市立第四中学校へ通学する際の近道とするなど通行に利用されていたほか、休憩場所として運転者が自動車を駐車させたり、付近住民がジョギングや犬の散歩などのために行き来する場所となつていた。本件現場のある天野川左岸堤防の西側には、堤防の天端面とほぼ同じ高さで天野川緑地公園が隣接しており、同公園には電柱であつた木材等を利用した遊具が設置してあつて、子供らの恰好の遊び場となつており、近隣はもちろん遠方の子供らも遊びに来ていた。同公園と堤防の間には約1.2メートルの高さの金網のフェンスがあり同公園と堤防を隔てているが、右金網は破られていることがよくあつて、子供らはその破れ目をくぐつたりフェンスを乗り越えるなどして同公園から堤防側へ出入りしていた。

(二)  天野川は、淀川との合流点から上流に向けて順次護岸工事等の改修工事が行われ、昭和五九年九月ころからは片町線鉄橋直下流部分の改修工事が行われた。右改修工事を行うため、本件現場の約一五メートル上流地点から鉄橋下の河床に向けて堤防のり面を削つて工事用仮設進入路が設置されたが、その際には、本件現場を含むその付近の堤防のり面は、のり面に生い繁つていた雑草とともにその表面全体にわたつて削り取られ、右部分の改修工事が終了した後である昭和六〇年三月に原状回復として一旦削り取つた土砂を再び盛り付けし、ブルドーザーで展圧して整形が行われたが、本件現場を含む前記鉄橋上流部分の改修工事が同年一一月ころから着手される予定であつたため、草の種子の吹き付けなどの措置はとられなかつた。本件現場を含む堤防のり面は、砂が多い土砂からなつており、仮設進入路の設置とその後の原状回復工事の結果、従前生い繁つていた雑草がなくなつて土砂の表面が露出した状態となつたために、堤防天端等から流れ落ちる雨水によつて浸食され、あちこちにくぼ地ができるようになり、本件事故当時、本件現場付近はのり面の土砂が崩れ落ちて、堤防天端ののり肩の部分が相当えぐれた状態になつていた。

(三)  本件現場を含むその近辺の堤防のり面は、仮設進入路の設置とその後の原状回復工事が行われる前には背丈の高い雑草が生い繁り、投棄された廃品などが放置されていたので、子供らも同所に立ち入つて遊ぶことは少なかつたが、右工事後は雑草や放置されていた廃品もなくなり、滑りやすい砂質の表面が露出したので、子供らがのり面を滑り降りたり掘つたりして遊ぶようになつた。

(四)  交野市の職員は、同年八月二六日ころ天野川の堤防を警戒のために巡回中、本件現場付近ののり肩が崩れているのを発見し、これを被告大阪府の枚方土木事務所に通報した。同土木事務所の職員は、同月二八日現場に赴いて検分してこれを確認し、付近の堤防上に駐車する車両がのり肩から脱輪するおそれがあると考えて、同月二九日前記各工事を請負つた工事業者である株式会社雨田組に指示して堤防天端部分の崩れたのり肩の周囲に長さ一二〇センチメートルの杉丸太杭八本を約三〇センチメートルの深さに打ち込み、この杭と既存の杭一本に二段に黄色と黒の縞模様のロープを張つて右崩壊部分への立入りを防止する措置をとつたが、同年九月一〇日前後ころには右ロープのうち一本はなに者かに撤去されて持ち去られ、本件事故当日には杭及びロープのいずれも撤去されてしまつていた。なお、被告大阪府枚方土木事務所の職員は、同月三日及び一〇日の両日、天野川の堤防の天端を単車で走つて巡回し、本件現場の堤防も通つたが異常を発見しなかつた。

(五)  信男は、同月二三日午前一〇時三〇分ころ、妹の美佐子及び同学年の友人である尾崎とともに、自宅から本件現場に向かい、天野川緑地公園内を通り同公園と堤防間のフェンスを乗り越えて本件現場に至り、本件現場ののり面のくぼ地となつた部分に掘られた横穴の中に入つて、自宅から持参した園芸用の小型スコップで穴を掘つて遊んでいたところ、同日午前一一時三〇分ころ、折から降り出してきた雨の雨水が横穴の天井部分にしみ出して穴の中に落ちてきて、突然、その横穴の上部が、そのさらに上方の堤防の天端ののり肩部分とともに幅約五、六メートル、奥行き約三メートルの規模で崩壊して落下したので、右横穴の中にいた信男は土砂に埋まり、崩落した土砂の塊で頭部を直撃され、即死した。信男は、前日にも本件現場に赴いて横穴を掘るなどして遊んでいた。

(六)  なお、本件現場に比較的近い大阪府交野市星田三三五一番地では、日雨量(午前一〇時から翌日午前一〇時まで間の雨量)として同年八月三一日三ミリメートル、同年九月一日一三ミリメートル、同月七日二ミリメートル、同月一一日八七ミリメートル、同月一二日七ミリメートル、同月一八日と二〇日各五ミリメートル、同月二二日七ミリメートル、本件事故当日三五ミリメートルが記録されている。

以上の事実が認められ、証人吉井治海の証言中、交野市の職員が昭和六〇年九月にも被告大阪府枚方土木事務所に対して本件現場付近の状況について通報した旨の部分は、証人大西隆雄の証言に照らしてにわかに措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  ところで、国家賠償法二条一項にいう営造物の設置または管理に瑕疵があつたとみられるか否かは、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきである。これを本件現場付近の天野川堤防についてみると、右堤防は、洪水等の災害の発生の防止、河川の適正利用、流水の正常な機能の維持等を目的として設置された河川管理施設であることは明らかであるが、前記1で認定した事実によれば、本件事故は、本件現場付近の堤防のり面が、改修工事のための仮設進入路の設置とその後の原状回復工事の結果、従前生い繁つていた雑草がなくなり、滑りやすい砂質の表面が露出した状態のまま放置されたため、雨水によつて浸食され、各所にくぼ地ができたうえ、のり面の土砂が一部崩れ落ちて堤防天端ののり肩の部分が相当えぐれた状態になり、さらに降雨の影響によつて崩落が進行する危険が生じていたところに、事故の前日から断続的に降り続いていた雨の影響で右一部崩落部分の地盤が軟弱となつたことと、信男が前日から当日にかけて右くぼ地に横穴を掘つていたこととが相俟つて、右横穴を含むくぼ地の上部の土砂が相当な規模で崩壊したために生じたものと認められる。ところで、堤防のり面は本来穴掘りをして遊ぶ場所ではないが、前記1の事実によれば、天野川は交野市の市街地を流れる河川であり、本件現場付近の左岸堤防の天端部分は、通行、通学、駐車のほか、ジョギング、散歩等付近住民によつて道路としての利用がなされており、その西側には子供らのための遊具が備えられている天野川緑地公園が隣接しており、堤防と右公園の間にはフェンスがあるが幼児でも容易に乗り越えられるくらいの高さしかなく、公園にきた子供らの中にはフェンスを乗り越えたりフェンスの破れ目を抜けて堤防側に出る者も少なくなかつたし(現に信男や美佐子も本件事故の際フェンスを乗り越えて本件現場に至つた。)、本件事故当時、本件現場付近の堤防のり面は、子供らが滑つたり掘つたりする遊び場となつており、堤防のり面に穴を掘る行為は、好ましいものではないが、前記認定の堤防のり面の状況からすると予測不能な異常な行動とまでいうことができないから、右堤防のり面がさらに崩れ落ちればそこで遊ぶ子供らに危険が及ぶことは容易に予測できたものと考えられるところ、被告大阪府の枚方土木事務所は、本件事故の約一か月前には、交野市からの通報を受けて、本件現場付近の堤防ののり肩が崩れ落ちたことを知つて、その周囲に杭を打ちロープを張つて右崩壊部分への立入りを防止する措置をとつたのであるから、被告らとしても、本件現場付近の堤防のり面が崩落しやすい状態になつており、崩落した際にはその近辺で遊んでいる子供らが死傷するおそれのあることを十分予測することができたと思われる。また、本件事故の態様、その原因等からみて、本件事故を防ぐためには、本件現場付近の堤防のり面の崩落部分、くぼ地部分に土砂を入れ、埋戻して整地するのが最も有効であつたと考えられるが、証人雨田正の証言によれば、かかる崩落防止の措置をとるについては、工事期間は一日位、工事費用は一〇万円ないし二〇万円で可能であつたことが認められるから、右の措置をとることは容易であつたと考えられる。

以上のような、本件事故の態様とその原因、天野川の立地条件、周辺の環境、本件現場付近の堤防及び本件くぼ地部分の事故当時の利用状況、被告大阪府の本件事故前における本件現場付近の状況についての認識、事故防止のために考えられる措置及びその難易度などに鑑みると、公の営造物である本件現場付近の天野川左岸堤防は、通常具備すべき安全性を欠きその設置管理に瑕疵があり、右堤防を設置管理する被告国及び右堤防の管理の費用を負担する被告大阪府は、いずれも、右瑕疵によつて信男及び原告らに生じた損害を賠償する義務があるというべきである。

四そこで、原告らの損害について判断する。

1  逸失利益

信男は、本件事故当時一一歳で小学校六年生の児童であつたことは当事者間に争いがなく、同人は、事故がなければ、一八歳から六七歳まで稼働可能で、その間、少なくとも一八歳ないし一九歳の男子労働者の平均賃金程度の収入を得るものと考えられるから、信男の将来の逸失利益を、年間収入は昭和六一年賃金センサスによる同年の産業計・企業規模計・学歴計の一八歳ないし一九歳の男子労働者のきまつて支給する現金給与月額一四万五四〇〇円と年間賞与その他の特別給与額一三万三一〇〇円の合計一八七万七九〇〇円とし、控除すべき生活費を五割として、年別ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、別紙計算書記載のとおり、一九二一万一九四九円(円未満切捨)となる。

2  相続

原告らは、信男の両親であることは前記一で認定したとおりであるから、原告らは、各自、信男の右逸失利益の二分の一の九六〇万五九七四円(円未満切捨)の損害賠償請求権を相続したものというべきである。

3  慰藉料

前記三の1で認定した本件事故の態様、信男の年齢その他諸般の事情を総合すると、信男の死亡による原告らの慰藉料額は各自につき六五〇万円とするのが相当である。

4  葬儀費

弁論の全趣旨によれば、原告らは、信男の葬儀を行いその費用として六〇万円を下まわらない金額を支出し、原告らの負担は各二分の一である三〇万円以上であることが認められるので、右葬儀費のうち、原告ら各自について三〇万円が本件事故と相当因果関係のある原告らの損害と認めるのが相当である。

5  過失相殺

前記1、2で認定したとおり、信男は本件事故の前日から当日にかけて本件現場の堤防のり面の雨水で浸食されてくぼ地となつた部分に掘られた横穴の中に入つて小型スコップで穴を掘つていたのであり、本件現場の堤防のり面の土砂の崩落は、その規模からみて信男の行為のみによつて生じたとは認め難いが、信男の右行動にもその一因があるものと推認することができ、信男の右行動は、本件現場付近の環境や堤防のり面の状況に照らして異常な行動とまではいえないが、事故前日及び当日が雨天で地盤が軟弱になつていたことをも考慮すると、極めて危険な行為であり、また堤防を損傷する好ましくない行為であることは明らかであり、このことは小学校六年生であつた信男には十分判断することができたことがらであると考えられること、信男が致命傷を負うに至つたのは同人がのり面のくぼ地部分に掘られた横穴の中に入り込んでいて崩落してきた土砂の塊の直撃を受けたためであり、信男自身の行動により自らの被害を一層深刻なものとしたといえること、また、原告生瀬昌子本人尋問の結果によれば、原告生瀬昌子は、本件事故の前に信男から同人が天野川の河川敷に行き、そこから砂利を取つてきたことを聞いていたこと、原告らは、本件事故当時、本件現場から従歩で数分の距離にある大阪府営交野藤が尾団地に居住していたことが認められ、これらの事実からすると、原告らは、信男が天野川堤防で土砂などを採取して遊んでいたことを知つており、その遊び場である本件現場の状況も知りえたのであるから、小学生である信男の監護の責任を負う原告らとしては、信男に、危険な個所で危険な行為をして遊ばないように日頃から適切な注意を与えるべきであつたと考えられるのに、十分な注意を与えたことを認めるに足る証拠はないことなどの事情を総合考慮すると、原告ら側の本件事故の発生及びその被害の拡大に寄与した落度も大きいというべきであり、損害額算定についてしんしやくすべき過失割合は八割とするのが相当である。そうすると、原告らの損害は、各自につき、前記(二)ないし(四)の合計一六四〇万五九七四円の二割の三二八万一一九四円(円未満切捨)となる。

6  弁護士費用

本件事案の内容、訴訟の経過、認容額等に照らすと、本件事故と相当因果関係があると認められる弁護士費用は、原告ら各自につき三三万円と認めるのが相当である。

五そうすると、被告らは、原告ら各自に対し、右損害各三六一万一一九四円及びこれに対する本件事故の日である昭和六〇年九月二三日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきである。

よつて、原告らの請求は主文第一項掲記の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、被告国の仮執行免脱宣言の申立を却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山本矩夫 裁判官佐々木洋一 裁判官植屋伸一は転補のため署名捺印できない。裁判長裁判官山本矩夫)

別紙計算書

逸失利益

(145,400×12+133,100)×(1−0.5)×(26.3354−5.8743)=19,211,949

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